ウィーン楽友協会
ヘンデル「メサイア」公演 の翌日

 

Kahlenberg

アルプス東端「カーレンベルク:484m」〜ウィーンミッテ

Kahlenberg~Wienmitte

2009/01/07(現地時間)


ウィーンミッテ
ハイリゲンシュタット カーレンベルク展望台:標高340m
(地下鉄およびバス&単独行)
Wienmitte~ Heiligenstadt~ Kahlenberg (U-Barn und Bus und Fuß)



カーレンベルク展望台
グリンツィング東 ベートーベンの散歩道 ヌスドルフ
フンデルトバッサー・ウィーンごみ焼却所
ヴォーティフ教会 シュテファン寺院 〜 
シュタートパーク
ウィーンミッテ
Kahlenberg~ Grinzing~ Beethovengang~ Nußdorf ~
Fernwaerme Wien~ Votivkirche~ Stephansdom~ 
Stadtpark~ Wienmitte

 

歩行時間 6時間45分

 


無意識にモデル立ち・・・後にドイツ兵と言われたセルフフォト
(あぁ、タオル邪魔!)

ウィーンの森北側にある小高い丘 Kahlenberg(カーレンベルク) は、
大きな目で見るとヨーロッパアルプスの東果て。
まがりなりにも「元祖アルプス(本家?)」の一端を冬季単独歩行するため、
その準備は慎重にならざるを得ない。

大舞台での本番翌日に、地球の裏側で安全な冬季単独行が出来るよう、
また、出入国審査での面倒を避けるなど、
計画を二転三転させて十分練りに練った。

が やはり「やってみるまでわからない」がいくつかあって、貴重な体験になった。

 

想定状況
・氷点下10度前後の整備遊歩道および市街道路。無補給&単独行。
・行動時間4〜5時間程度。昼食は出発直前に現地補給、夕食は帰着後ホテル周辺。

基本装備
ヌバック皮軽登山靴、25ℓリュックザック、ザックカバー、混紡セミロングソックス、耐寒アンダーウェア、アンダーズボン(綿キルト)、ポリエステル上下衣服、防水ヘッドランプ、ウィーン全域地図、防水帽(キャップ)、セパレート透湿雨衣、予備電池

飲食
水750ml(水道水を外ポケットとザック内に分配。ウィーンの水道水は安全)、携行食(カロリーメイト&ソイジョイ)。

緊急装備
断熱(レスキュー)シート、ビバークツェルト(1〜2人用)、携帯カイロ
(固形燃料など発火物は、行動の大半を市街地が占める上、出入国検査が面倒になるので装備しなかった)

付帯
常備薬、デジタルカメラ、ドイツ語単語帳、金銭、パスポート、24時間フリーパス(5.7ユーロ:交通機関乗り降り自由)、着替えアンダーウェア一式、折り畳み傘、防風ジャケット、純毛セーター

とっさの一言
「こんにちわ : グリュース・ゴット」
「わかりません : フェァシュティエ・ニッヒト」
「ごめんなさい : エントシュルディゲン・ズィー」
「ありがとう : ンケ」
「〜を、よろしく :  〜ッテ」

ザックポケットに入れたペットボトルの水が見る見る凍るほどの寒さだったが、
ほとんど風がなかったので防風ジャケットは使わなかった。
もちろんレスキュー用具のお世話にならずに済んだのだが・・・

  

kahlen_wienmitte.jpg (367619 バイト)


鳥瞰図(赤線が推定帰路:Google Earth)

 

地下鉄「ウー・バーン U4」に乗ってウィーンミッテからハイリゲンシュタットへ。
15分程度、時々地上を走りながらあっという間についてしまった。
ハイリゲンシュタット駅前。
流行りなのか、あちこちにトルコ屋台がある。
ソーセージ各種も揃っているが、今回は「帰着するまで無補給」の計画行動。
観光気分に喝を入れて路線バス 38A に乗り込む。
最初行く先を勘違いし、途中で戻ってしまった。
24時間フリーパスを購入しておいたので気兼ねなく次の直行バスに乗る。
異国の地でのフリーパスは「お得」ではなく「安心」なのだ、と理解。

雪がちらつき、霧氷で固められた「カーレンベルク展望台」標高340m。だ〜れも居ない。
体感での気温は零下10℃位だろう。


「美しく青きドナウ」は、「寒々しく白き・・・」に見えた。
5分もうろついたら、ザックポケットに挿したペットボトルの水が凍り始めていた。
 
展望台からの合成パノラマ
(クリックで拡大します。戻るボタンで戻ってください)


風でも出たらとんでもない寒さになると予想。
(一瞬吹雪のようにざっと吹かれた)
決してのんびりできる状況ではないと考え、
唯一営業していたレストランで暖かいスープを注文。
装備を確認して即出発する。
  

せっかく登山靴を履いているのだからと、
山中の斜面を降りる道にショートカット。

地元「愛鷹山:あしたかやま」冬季林道の気分で
快適快適〜。
ほどなくブドウ畑らしき広がりが現れる。
なるほど田園だ。寒々しくも美しい光景。

舗装路に合流。どうやらウィーン市内は「警笛禁止」らしい。

はるか彼方に
第一視認目標「フンデルトバッサー煙突」
ウィーンごみ焼却所の煙が見える。
あれを目指して歩けば必ずドナウ運河に出る。

だいぶ下ってからのブドウ畑。
背が低く、枝(蔓)が非常に多い。
幹の太さから大分活躍した樹だろうと推測。

もう少し歩くとワイン居酒屋(ホイリゲ)がたくさんあるらしいが我慢。
先はまだ長い。

住宅街まで降りてきて不審者発見!

民家の石垣に縄ばしごで取り付いているサンタでした。
こちらではまだクリスマスの光景があちこちに見られる。
日本のように、やれイヴだ正月だバレンタインだ豆撒きだ、
といった煩雑さはここにはない。

この「縄ばしごサンタ」は、
ヌスドルフ駅周辺で売られていた。

いよいよベートーベンの散歩道。「ベートーベン・ガング」

注意書きが「のだめネタ」そのままという感じがした。
要するに「嵐と凍結転倒に注意」
脇を流れる小川も、凍りながらけなげに(?)情緒を醸し出していた。
人工的とはいえ、気持ちのよい小道だった。

しかし犬糞が異常に多いゾ。
Ich fundert das unchi.
(発音禁止)
ベートーベンガングから住宅街を抜け、
路面電車の走る小道から大通り「ハイリゲンシュタット シュトラッセ」へ。

この左手で暗いガードをくぐって支流「ドナウ運河」へ。

おぉ、支流ながらもドナウに出た。
船小屋らしきものが立ち並んでいる。
山道とは違ったわくわく感がある。

向こうにドナウ河の本流が見える。

運河の水門を越える水の色は、
アルプスの閃緑岩に起因するのか確かに青かった。
関東周辺では「丹沢の水」に近いように感じた。

街のいたるところが路上駐車場になっている。
雪に備えてのミニ除雪車も。
よく見ると日本製だった。

異国の地で冗談では済まされないのがトイレ事情。
見つけたら即入るのが基本かも。

しかし注意書きのシールが凄い。「ペット使用、暴力、注射、ごみ捨て禁止」(^^;)

フンデルトバッサー煙突がだいぶ近くなった。

運河沿いに国鉄や地下鉄、通り沿いのトラムが交差する一帯は、
乗り物好きにはこたえられない界隈。
 
オーストリア国鉄 ÖBB
(シュピッテラウ駅から)
 
「ウィーンごみ焼却所」
フンデルトバッサー氏デザイン

ものすごく文化意識の差を感じる作りで、
凄いとしか言いようのない圧倒的な存在感。


駅から遊歩道を降りて運河脇を歩く。

古くは物資の搬送に使われたであろう運河は、
幅広いドナウ本流とは一味違った趣を持っている。
快適な川沿いの小道。
気分はシューベルト「美しい水車小屋の娘」

        

ここまでは予想以上の快適さ。
自然と歴史と文化を満喫しつつ、
準備と訓練をすれば「たとえ地球の裏側でも大丈夫」と自信を深めた、
はずだった・・・。

だから

こんな光景が現れた時は恐怖すら感じました。
「空しか見えないじゃん!」

地図と方位磁石で現在地点は時々わかるものの、
中心地目指して入った小道が曲がりくねって大通りに出たり引っ込んだり。
悔しいから確認のために戻ると今度は別の所へ!
あと1時間弱のはずが大幅に伸びてしまった。

 

気分はシューベルト「魔王」?

 

 

ヌスドルファー通りか?
トラムを動画に収めたりしていたが、
中心部に向かったつもりで
少し前の風景にまた戻るという悪夢。

通りの向こうで光る尖塔。
はじめは間違いなくシュテファン寺院だと思った。
「あれ?何で正面塔が二つ」
リンク外縁にあるヴォーティフ教会の工事現場でした。
 
すっかり暗くなってようやくシュテファン寺院に辿り着く。
もうフィアカー(二頭だて馬車)も路上カフェも出ていない夜の光景。
華やかなグラーベンのイルミネーションを堪能できたのが唯一の救いかも。
ペストタワーを横目に、最終ルート「ジンガーとおり」を目指す。
シュタートパークらしき広場に
ライトアップされたヨハン・シュトラウスの金像が現れた。
着いた!

凍り始めた池の淵を歩いてようやくホテルこの日の夕食は、
結局スタバのアメリカンセット・・・。
 
 


 

帰国のフライト



左側の、霜をかぶった山の低い方がカーレンベルク。この後、フランクフルトからシベリア上空経由で12時間半。
機内サービスが充実していて快適だった。2つの野望もまずまずの結果を出し、頑張って資金調達し参加した甲斐は十分あったと思う。



ホテル近くで見つけた懐かしのチョコバー「オボ:OVO」

山岳部時代の後期に装備した「オボ・スポーツ」の直系。
(製造元はネッスル)
この手のバータイプ食品は今でこそポピュラーだが、
カロリーメイトなどサプリメントが一般化する1990年代までは、
スイス製の救命食(最終食料)のイメージが強かった。

お土産に幾つかまとめて買い求める。

 

 


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